「徒手療法」に接したのは5年間の臨床後、新設理学療法士養成校の専任講師として赴任した1978 年で、当時の我が国における理学療法概況は法制下に理学療法士が誕生して 12 年，理学療法士養成校 13 校の時代である。理学療法士の通常業務として，関節可動障害治療，筋力強化治療，ADL 自立推進アプローチを実施していたが，現在でいう徒手療法の考えは皆無であった。以来45年間で「徒手（理学）療法」の理論と実際は、筋骨格系運動障害理学療法の中核的存在として普遍的に臨床適応されるまでに定着・充実してきた。

　一方、近年における運動障害理学療法は、神経科学と組織学の進歩に伴った神経系や膜組織系への対象組織の拡充に加え，呼吸機能や心理面，生体力学，環境を包含した「人間運動科学」 として対象者を全人間的に捉え、治療を行う考えが顕著となっている。徒手（理学）療法においても「関節」、「筋」に加え「脳」と「組織」を考慮した治療包含の流れが押し寄せている。エビデンスに基づいた治療介入が医療界の定理であるが、エビデンス報告を待っていては時代の潮流にのり遅れる可能性がある。運動機能障害治療の専門家として、本質を失わず新しく変化していく考えを取り入れる柔軟性を持った臨床実践が重要と考える。

　広島県理学療法士学会特別講演では、「ライフワークとしての徒手理学療法の回顧と創発」と題して、治療者としての臨床実践能力堅持，推論から治療実施・考察・効果検証のフロー、定時的講習会・研修会の講師など、徒手（理学）療法をライフワークとして取り組んできたプロセスの一端を述べ、この学際領域における今後のあり方と方向性を創発・展望する。